暫く経ったある日、銀次郎の事務所に灰田がひょっこり顔を現した。
相変わらず、アルマーニのスーツを着こなし、腕にはローレックスが時を刻んでいる。
見るからに会社の社長か重役の風格があり、一分の隙も無い。
灰田はソファーに腰をおろし、メンソールの効いたシガーを内ポケットから取り出し、
唇に軽く咥え、ジッポーの火をつけた。
深く煙を吸い込み、気だるそうに煙を吐き出し、やや間をおいて
「よお、元気かナベさん。健康ランドの件では世話になりっぱなしで、
お陰でわしも大助かりだったよ。恩にきるよ。」と話し始めた。
古い仲間は、金山銀次郎をなぜか「ナベさん」と呼ぶことが多い。
彼の以前の通名が「鍋島」か「渡辺」だったからであろう。
* 通名とは戸籍上の名前ではないので、自分で勝手に名乗れるらしいが詳しくは知らない。
「俺もそろそろこの仕事から足を洗おうかと思っているんだよ。
いつまでもこんなことをやっている歳でもないし。」
「何言ってるんですか。弘ちゃん。まだまだこれからですよ。」
「実はちょっと上等のヤマがあって、そいつを料理したら引退しようかと思ってね。」
「弘ちゃん。そのヤマは銭になるんでっか。」
金儲けには目ざとい銀次郎は即座に、灰田に聞いた。
「ああ、大きなヤマだ。」
「そーでっか。」
「中国の紹興酒を引こうと思ってね。安く入るルートがあるんだ。」
「紹興酒ね。何年物や?」
「5年物や。」
「そうか、5年物か。ちいと若いな。」
「それで、ワシ一度中国に行かんとあかんねん。」
「中国人は気い付けなあかんぜ。あいつらは人をだますのをなんとも思っておらん。」
「それは大丈夫だ。昔からの知り合いが中国の共産党幹部と昵懇(じっこん)なので、
ノープロブレムだ。」
「ほならいいけど。あいつらはどうも虫が好かん。」
「大丈夫だよ、ナベちゃん。交渉は全てワシがやるから。」
「それで、ワシは何をすればええねん。」
「混載で輸入したんでは高くつくので、20フィートコンテナ1車引きたいんだけど、
数が18,000本になる。仕入と販売に協力して欲しいねん。」
「よっしゃ、協力したるわ。知り合いの酒のディスカウンターに話し持ってくわ。」
銀次郎は二つ返事で仲間に加わることになった。
第3話 紹興酒は蜜の味(2)
へ続く

